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[C39] くるりだ!

この曲ぼくも大好き!
学校帰りに「迷路ゲーム」とか聴いて気分落ち着いてた高校時代でした。
  • 2009-02-03 02:07
  • さくらぎ
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[C40] わたし

まだやりたいことやら見たいものがいっぱいあるから死にたくないーって言い訳を見つけて
生きることを幸せだなーと思えます

ほんとうはしんどいけど
甘えすぎやねん

達成感持って死にたいー
  • 2009-02-03 03:36
  • あべ
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[C41] マミー

愛着(養育者、特に母親との肌と肌の触れ合い)て人間の土台をつくる上でやっぱりすごく重要なんだなーとなんだか思いましたー。
子どもの頃尚は母親の一挙一動に救われたり死にたくなったりしてたし、母親って、どんだけ反抗してたってすーごいおっきな存在ですよねーうむうむ。
この頃の何気ない経験が大学で家族とか愛着のこと学びたいと思ったきっかけだし!

結局なにが言いたかったというと、こどもチャレンジのCMの男の子がカミュヤくんに似てると思いますということです。
  • 2009-02-04 04:17
  • 尚P
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[C44] おへんじ

さくらぎ
中期のシーケンサーとか使ってる時期は浮遊感がズバ抜けていい。

あべす
人生はゲームではないから得点はないし、それゆえに満足感とかそういうもので判断していくんだろうね。でも生きてるだけで十分幸せであるのも真実

尚っさん
とてもわかる気がする。なんかしら愛情が母体にはなってるよね。子供の世界はその実両親の世界なんだな!!
こどもチャレンジみてみる 笑
この話思い出したhttp://mixi.jp/view_diary.pl?id=183940254&owner_id=5266685
  • 2009-02-06 10:27
  • カミヤ
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いっそわるいことやってつかまってしまおうかな

むかし自分は悪い子だと思っていた
幸せながらもときどきは家の中に軋轢が生まれていたので
子供心に世界が滅んでしまえばいいのに、ふざけんな
と思っていた。
幸せのもろさや、それがたびたび壊れていく様に冷めた考えをするようにもなった。
期待をしなくなって、それはときどき自分が悪いからじゃないのかと考えるように変わった。
ある夜、寝るときにたびたび悲しいことがおきるのは
こうちゃんとけんちゃんと一緒におにごっこをして遊んだとき
墓石の上走ってたぶんそれのばちあたったからだ
という話を母親にした。
保育園の裏に墓地があったんだけど、墓石の上というよりも土台のほうやし
ひろくんも一緒にいてなぜか忘れ去られたりしてるんだけど
とりあえずその話を聞いたおかんは泣きそうな顔して、そのまま抱かれたままで二人して寝た。
怒られたのか慰められたのかよくわからないがなんか救われた気がした。

それから何年もたって、中学生にも高校生にもなって思春期を背泳ぎでぶっちぎった気がする。
詰襟ばっか着ていたけど中途半端に不良のまねごとをして普通な自分がすごくださかった。
たばこも吸わなかったし、度胸がないので万引きもしてない。
要するに気持ちばかりハヤっててそれでも自分が特別だと思っていた。
高校で勉強に挫折してから音楽にさらにのめり込んだ。
中高生は毒々しい。
いつもイライラして安心に自分からヒビ入らせる。親に反抗するそぶりを見せる。
それでも生物学的にも感覚的にもエネルギーだけは余ってて野菜みたいにモリモリ息づいてる。
根っこが腐ってなければ何してても図体でかくなるし、大人ぶってる。
オナニーや憧れでできててすかすかしてるんだけど心地いい日光がどこかにある。
くるりを高校のときにめちゃくちゃ聴いていて、お金もなかったし一枚一枚のアルバムをお菓子みたいに味わって、それはもう真剣に聴いていた。
それだけ入り込んじゃってどっちが自分で相手であれ? ってくらいなもんだから、拠り所になってる。

年齢ばかり大人になって実はもう21歳になってる自分にびっくりした。
昔想像した21歳っていうのはもっとカッコ良くてスーツで車で里帰りな完成品だった。
それでも実際は漂流しているようなもので、流れが速すぎるのだ。
とりあえずいまは休憩して船をこさえているところ。
写真を撮ることとバンドをすることも板についてきたんだけど、なにかあるとやはり萎れて僕の大人はまだやわい。
なんかあるとくるりを聴いてあの時の自分みたいな甘えと心地よさを求めているのだな、と今になって気がついた。
ただもう自分は悪い子だなんて無意味に責めないし、弱いから生きていられるんだなとも思っている。
変わることは別に悪いことだと思っていないし、それなりになりたいイメージもある。
つよい完成品になることはたぶん誰もないのだろうなと思うし、それがまた優しくてこれは甘えじゃないと思う。
ただ死ぬまで生きるのがやさしくて残酷で素晴らしいなと思いながら、今日もなにかしらどこかにいろんな人が生きているのがいいなと思った。
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この曲ぼくも大好き!
学校帰りに「迷路ゲーム」とか聴いて気分落ち着いてた高校時代でした。
  • 2009-02-03 02:07
  • さくらぎ
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[C40] わたし

まだやりたいことやら見たいものがいっぱいあるから死にたくないーって言い訳を見つけて
生きることを幸せだなーと思えます

ほんとうはしんどいけど
甘えすぎやねん

達成感持って死にたいー
  • 2009-02-03 03:36
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[C41] マミー

愛着(養育者、特に母親との肌と肌の触れ合い)て人間の土台をつくる上でやっぱりすごく重要なんだなーとなんだか思いましたー。
子どもの頃尚は母親の一挙一動に救われたり死にたくなったりしてたし、母親って、どんだけ反抗してたってすーごいおっきな存在ですよねーうむうむ。
この頃の何気ない経験が大学で家族とか愛着のこと学びたいと思ったきっかけだし!

結局なにが言いたかったというと、こどもチャレンジのCMの男の子がカミュヤくんに似てると思いますということです。
  • 2009-02-04 04:17
  • 尚P
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さくらぎ
中期のシーケンサーとか使ってる時期は浮遊感がズバ抜けていい。

あべす
人生はゲームではないから得点はないし、それゆえに満足感とかそういうもので判断していくんだろうね。でも生きてるだけで十分幸せであるのも真実

尚っさん
とてもわかる気がする。なんかしら愛情が母体にはなってるよね。子供の世界はその実両親の世界なんだな!!
こどもチャレンジみてみる 笑
この話思い出したhttp://mixi.jp/view_diary.pl?id=183940254&owner_id=5266685
  • 2009-02-06 10:27
  • カミヤ
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